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大阪地方裁判所 昭和35年(レ)238号 判決

控訴人 金沢尚淑こと 金尚淑

被控訴人 株式会社 菊利

右代表者代表取締役 真鍋義晴

被控訴人 辻恵美子

右両名訴訟代理人弁護士 渡辺弥三次

右訴訟復代理人弁護士 谷野祐一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、控訴人と被控訴人ら外三名間の吹田簡易裁判所昭和三〇年(イ)第一八号貸金請求和解事件について、同年六月二三日次の約旨の和解が成立し、和解調書が作成されたことは当事者間に争がない。

1  被控訴人ら外三名は、控訴人に対し金二、一〇〇、〇〇〇円の連帯債務の存することを認め、これを昭和三〇年七月末日限り控訴人方に持参して支払うこと。

2  被控訴人ら外三名において、右期日に右金員を支払わないときは、被控訴会社は、別紙目録記載第一の、また、被控訴人辻恵美子は同目録記載第二の建物の所有権をそれぞれ控訴人に移転し、これにつき各所有権移転登記手続をなし、被控訴人両名は右手続完了後一ヵ月を経た日時にこれら物件を明渡すこと。

二、そして、成立に争のない甲第四六ないし第四八号証≪中略≫を綜合すれば本件和解成立の経緯として、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  昭和三〇年六月中旬ごろ、被控訴会社の代表取締役であつた(この点は争がない。)訴外覚前勝己は、訴外東亜金属株式会社、第一工業株式会社、弥栄金属株式会社の各代表取締役を兼任していた。右覚前は、かねて東亜金属株式会社名義をもつて近畿相互銀行から金三、二九〇、〇〇〇円余の割賦債務を負担し、その担保として第一工業株式会社所有の別紙目録第三の不動産のほか、同目録第一、第二の各物件をも差入れ、これにも抵当権を設定し、かつ、代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由していたが、その頃この債務額は、既に金七〇〇、〇〇〇円位に減少していた。

(二)  ところで、右覚前はその頃、個人的に関係していた鶴橋商店会の旅行会の会計係として保管していた積立金約八〇〇、〇〇〇円を費消横領していて早急にその賠償をしなければならない必要に迫られていたため、中島勇吉らを通じて控訴人に対しその金借を申込むと共に、別紙目録記載の各物件を担保に供する旨を申入れた。

(三)  それで、右の事情を知りこれを承諾した控訴人は、同月一八日頃先ず、右相互銀行に対し、右金七〇〇、〇〇〇円を支払つて肩替りをなし、同銀行から別紙目録記載物件に対する前記抵当権及び代物弁済予約上の権利を譲受けると共に、訴外覚前との間に次のとおりの取極めを結ぶことに合意した。

1  控訴人は覚前に対し旅行会への弁償資金八〇〇、〇〇〇円を貸渡す。

2  覚前は、控訴人に対し、天引利息及び仲介人に対する謝礼などを加え合計金二、一〇〇、〇〇〇円を返済する。

3  なお左の趣旨の和解調書を作成する。

(イ) 右覚前と弥栄金属株式会社及び担保物件の所有者である第一工業株式会社並びに被控訴人らは、控訴人に対し金二、一〇〇、〇〇〇円の連帯債務を負担し、同年七月末日までに持参払いする。

(ロ) 右の支払を怠つたときは、前記各不動産の所有権は控訴人に移転し、それぞれ控訴人に対して所有権移転登記手続をなし、かつ、一ヵ月を経過したときはいずれも当該物件を明渡す。

(四)  右合意の結果、覚前は、その頃控訴人から紹介された弁護士妻木隆三の事務所において、裁判上の和解に必要な委任状を作成し同弁護士を債務者者側五名の訴訟代理人に選任して本件和解を成立させるすべての準備を完了し、その翌日頃、ようやく控訴人から金八〇〇、〇〇〇円を受取ることができ前示旅行会の損害を弁償することをえた。

(五)  そして、同年六月二三日控訴人と、債務者側五名の訴訟代理人と称した弁護士妻木隆三との間に本件争いのない和解が成立した。

以上の事実が認定できる。

二、ところで、被控訴会社は、右和解のうち同会社に関する部分は商法第二六五条に違反し無効である旨主張するので、これについて判断する。

(一)  商法第二六五条によれば、株式会社の取締役がその会社と取引をなすには取締役会の承認を必要とする。これは、取締役がその地位を濫用して自己又は第三者の利益を図りそのため会社に損害を及ぼすことのないよう会社財産の保護の立場から、いわゆる利益相反の取引を禁止する趣旨の規定である。従つて、この規定は、会社と取締役個人の間に直接に行われる利益相反行為につき適用があるばかりでなく、たとえ、形式的には会社と第三者との取引であつても、それが客観的に、会社の不利益において取締役個人に対し利益を与えるものであり、しかもその事実を相手方である第三者が認識しているような場合には、同取引は、実質的に見て、取締役個人と会社との間における利益相反の取引に当るものと解するのが相当である。

これを本件について見れば、本件和解においては、被控訴会社の代表取締役として同和解を担当した覚前勝己が、控訴人から多額の金員を個人的に借入れるという自己の利益を図るために、同会社に金二、一〇〇、〇〇〇円の債務を負担させ、かつ、同会社所有建物につき停止条件付代物弁済を約諾する等同会社に対し著しい不利益を与えるものであり、しかも右は覚前取締役が控訴人と互に意を通じてなしたものであること前認定のとおりであるから、本件和解は、形式的には、被控訴会社と第三者たる控訴人の取引であるけれども、その実質は控訴人と意を通じた覚前取締役が会社の不利益において自からの利益を図ろうとしたいわゆる利益相反の取引であることが明白である。従つて、本件裁判上の和解は商法第二六五条の趣旨に反するものであつて取締役会の承認がないかぎりその効力を生じえないものといわざるをえない。

(二)  被控訴会社の取締役会が本件和解につき、承認をなしたとの証拠はなく、かえつて、原審証人覚前勝己(第一、二回)の証言によれば、右の承認を得ていないことが認められるから、右和解は効力を生ずるに由なく、これを無効とする被控訴会社の主張は理由がある。

(三)  これに対し控訴人は、

1  本件和解は、被控訴会社に対し新たな不利益を与えるものではなく、右規定の適用はないというけれども、控訴人主張の根抵当権及び同会社との金員貸借を認める証拠はなく、かえつて、右和解は同会社に対し著しい不利益を与えること前示認定のとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。

2  また、商法第二六五条の規定は会社内部に関する拘束規定であつて、第三者である控訴人に対してはその違反をもつて対抗できないというけれども、控訴人は本件和解における第三者ではないし、また、会社の利益保護の立場から規定された立法の趣旨から見れば、この規定の違反の効果たる無効は、何びとに対しても対抗できると解するのを相当とするから、控訴人の右主張もまた採用できない。

四、次に、被控訴人辻恵美子は、本件和解のうち同被控訴人に関する部分は、同人を代理する権限のない弁護士妻木隆三によつてなされたから無効であると主張するので、判断する。

(一)  原審における証人覚前勝己(第一、二回)≪中略≫を綜合すれば、被控訴人辻恵美子は、昭和一九年ごろから覚前勝己の妾となり昭和二四年ごろから同訴外人から大部分の援助を受けて別紙目録第二の建物を建てたのであるが、昭和三〇年四月頃右関係を正式に解消したので、じ来、覚前は、被控訴人辻を代理する何らの権限も与えられていなかつたにも拘らず、同年六月一八日頃弁護士妻木隆三に対し「辻は自分が世話をしている女であり一切を委されている」と欺いて、ほしいままに同弁護士を被控訴辻の訴訟代理人に選任し、覚前の偽造にかかる辻恵美子名義の訴訟委任状(甲第一号証)を交付した結果、控訴人と弁護士妻木隆三の間に本件争いのない和解が成立したことが認定できる。右認定に反する証拠はない。従つて同弁護士は本件和解につき、被控訴人辻を代理する権限を有しなかつたものである。

(二)  ところで控訴人は、仮に覚前に被控訴人辻のため訴訟代理人を選任する権限がなかつたとしても、その権限ありと信ずべき正当の理由があつたから、同弁護士は被控訴人辻の訴訟代理人たる地位を取得したと主張する。しかし、訴訟行為については、民法の表見代理の規定を適用すべき余地はないところ、特定の事件のために訴訟代理人を選任する行為もまた訴訟法上の行為として重要な訴訟行為であると見られるから、この場合にも、もとより表見代理の規定を適用すべき余地はない。これに反し、もしも訴訟代理人が、本人の意思に関係なく表見代理人によつて有効に選任されることがあるとするならば、本人との信頼関係にもとずかない訴訟代理が成立し、本人に対し著しい不利益を与えるおそれがあるのみならず、その訴訟代理人の地位が、表見代理の規定の適用を主張するか否かによつて無権訴訟代理人となり、あるいは正当な訴訟代理人になるという不都合を生じ、とうてい訴訟手続の安定を期待することができない。従つて、控訴人の右表見代理の主張はじ余の判断をするまでもなく理由がない。

(三)  右のように、弁護士妻木隆三は、本件和解につき被控訴人辻を代理する権限を有しなかつたものであるから、被控訴人辻に関する和解を無効とする同被控訴人の主張は理由がある。

五、以上認定のとおりとすれば控訴人と被控訴人らの間の本件和解はいずれも無効であるから、右和解調書にもとずく強制執行の排除を求める被控訴人らの本訴請求はじ余の判断を待つまでもなくいずれも正当として認容すべきである。

従つて右と同旨のもとは被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉実二 裁判官 山田義康 高野国雄)

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